大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和55年(行ツ)96号 判決

上告人 河上健一

被上告人 広島県府中県税事務所長平盛定

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由一について

個人事業税に関する地方税法の所論の規定が憲法一四条に違反するものでないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁の趣旨に徴し明らかである。所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解を前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同二について

個人事業税の課税標準は、当該年度の初日の属する年の前年中における個人の事業の所得とされ(地方税法七二条の一六第一項)、右個人の事業の所得とは、同法又は政令で特別の定めをする場合を除くほか、所得税の課税標準である所得につき適用される所得税法二六条及び二七条に規定する不動産所得及び事業所得の計算の例によつて算定するものと規定されているところ(地方税法七二条の一七第一項本文)、いわゆるみなし法人課税を選択した場合の課税の特例を定めた租税特別措置法二五条の二の規定(昭和五三年法律第一一号による改正前のもの)は、所得税法に規定する不動産所得又は事業所得の金額の計算方法に関する規定ではないから、個人事業税の課税標準の算定にあたり準用されるものではないと解するのが相当である。けだし、右租税特別措置法二五条の二の規定は、個人で事業を営むいわゆる青色申告者の所得税について、その者の選択により、法人組織で事業を営む者と同様の課税が受けられるようにすることを目的として、所得税額の計算方法の特例を定めた規定であつて、同規定は、所得税法に規定する不動産所得又は事業所得の金額の計算をそのまま前提とした上、単に所得税額の算定上右金額を法人所得に相当する部分(みなし法人所得額)と個人所得に相当する部分(事業主報酬の額)とに分けることによつて、個人事業主についても法人類似の課税となるように措置したものにすぎないからである。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦)

上告人の上告理由

一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項について判断を遺脱し理由欠缺の違法がある。

(一) 偖、地方税法では、道府県民税で個人の全所得(所得税法で十種に分けたその全部の所得)を課税標準として納税義務を課しており(同法三二条)、他方、個人事業税(地方税法七二条以下事業税に関する規定のうち、個人を納税義務者とする部分、以下において同じ)で「事業の所得」を課税標準とする(同法七二条の十六)としながら、実際には、個人の「事業所得」に課しており(同法七二条十七第一項)、且つ、事業所得を除く他の種類の所得(所得税で十種に分けた所得のうち事業所得を除く他の種類の所得・所得税法二三条から三五条)を有する個人は、個人事業税に相当する税を課せられてないので、事業所得を有する者のみが、道府県民税に加えて事業税との二つの税を課せられており、他の種類の所得者に比して明らかな不公平が存在する。

原審において上告人は、この不公平が憲法一四条に反しないかどうかを問うたのであるが、これに対して、原審は「道府県民税と事業税とは目的、性格、課税客体を異にするものであるから」(原判決九枚目裏七行目八行目)を理由として即ち両税目がそれぞれ単独の税目として存立の妥当性を有することを理由にあげて、上告人をして敗訴せしめた。

地方税法が個人事業税の課税標準としている「事業の所得」(同法七二条の十六)は原審で上告人が主張したとおり、法律的に、又、経済的、社会的にも実在しないし、又同法七二条の十七第一項で規定する「事業所得の計算の例によつて算定」される所得についても、後述のとおり実在しないので、違法な課税が行なわれている等、決して妥当な税とは言えないが、今はそれらについては不問に付すとして、仮に、現行の個人事業税と道府県民税とが、それぞれ単独の税目として妥当であるとしても、単独の税目として妥当であるが故に両税目相互間及び他の税目との関係で不公平を生ずるかも知れない可能性を否定出来ないし、又、生じた不公平をそれぞれの税目が個々に妥当であることを理由に在るはずがないと否認することは出来ない。又、単独の税目の妥当性が当然にその不公平を阻却するはずもない。けだし、不公平は、単独の存在では、決して生ずるものではなく、比較の対象となる複数の存在の場合のみ生ずるのであり、比較の対象相互の関係であり、単独の税目として有する妥当性とは異なる次元のものであるからである。然して、相互の間に生じた不公平は、個々の妥当性を主張するだけでは解消しない。若し、解消せしめようとすれば、個々の妥当性とは異なる別な調整の原理(例えば、一方が他方に優先、憲法十四条に立法者非拘束説、等々)が働かなければ即ち個々の妥当性とは別な理由がなければ、解消出来ない。

右のとおりであるにも拘わらず、原判決は、道府県民税、個人事業税及び他の全ての税目との関係(即ち、事業所得者より他の種類の所得者に個人事業税に相当する所得を課税標準とする税を課さない関係)で、現に、明白に存在している不公平について、且つその主たる原因が個人事業税に存するにも拘わらず、何故に憲法十四条に違反しないかについて単に道府県民税と事業税とが異なる税目である旨を挙げるだけで、一つとして合理的な理由を示すことなくして、右の不公平の原因となつている個人事業税は憲法十四条に違反しないと裁判した。即ち、不公平についての判断を遺脱し理由を明示しない違法がある。〈中略〉

二、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

即ち、上告人は、原審において、仮に、個人事業税が憲法に違反しない場合においても(及び前述の一、(二)でない場合において)、措置法二五条の二第二項のうち「事業所得の金額から事業主報酬の額を控除」の部分及びその部分に関連する同法同条の定めは、所得税法二七条第一項に規定する「事業所得」とされる所得範囲に属する事項について規定した法律であり、且つ、事業所得について所得税の課税標準である所得計算に関する規定であるから、地方税法七二条の十七第一項で「所得税の課税標準である所得につき適用される所得税法第二十七条に規定する事業所得の計算の例によつて算定する」と定めた事業所得についての課税標準となる所得計算規定である。従つて、事業税の課税標準となる所得計算上準用されなければならない法律であると主張したが、これに対し原判決は、措置法二五条の二は「税額算定の特則」(原判決一二枚目裏終りから三行目)であることを理由として上告人を敗訴せしめた。

原判決の誤りの中心は、地方税法七二条の一七第一項の「所得税法第二十七条に規定する事業所得の計算の例」の解釈にある。原判決は直接に明示はしていないが、判決理由中例えば「事業所得の計算に関する規定によつて算定された事業所得の金額……事業所得の計算に関する規定でない」(原判決一二枚目裏七行目から十行目)「同法二七条の事業所得の内容を変更する計算の特則」(原判決一三枚目裏七行目の改めた部分)等々から、そのように解さないと原判決が理解困難である意味での推定であるが、原判決は、地方税七二条の一七第一項の、右に「 」書した部分の具体的内容は、所得税法二七条第二項(及び同項が規定する事項についての所得税法中の特則)としており、これが誤りである。

地方税法七二条の一七の解釈は地方税法としての解釈であるけれども、所得税法を準用することを内容としているので、合理的理由なしに、所得税法そのものの解釈と齟ごがあつてはならないはずである。

所得税法は所得を課税標準として課す税であるが、所得には、個人に経済価値の増加をもたらす原因としての所得と結果としての金額増加量としての所得との二面の意味があり、所得税法では、先ず、原因面に着目し、原因を性質により十種に分ち、分けられた各所得原因別に金額を集計し、更に、それら全部を合計して課税標準となる所得金額を算定する仕組をとつている。

このように所得税法では、課税対象である所得を原因により区分し、各区分に属する所得の範囲を法律で定めるとともに、各区分に属する原因としての所得の範囲を表示する語と各所得区分毎に計算された金額を表わす語とを法律で定め、明瞭に区別を行つている。例えば利子所得事業所得は前者、利子所得の金額事業所得の金額は後者である。この所得と所得の金額との区別は、所得税法上極めて厳密に行われており、従つて、「所得税法第二十七条に規定する事業所得」は、所得税法上は、必ず同法二七条第一項でなければならないのである。又、一般の用語例では所得は所得金額を意味することが多いので、混同をさけるために特に注意を要することである。

又、所得税法二七条第二項について、本項は、前項で事業所得とされた課税対象の計算方法を定めたものであるが、これが第一項に係るものであることを規定するのは同法二一条であり、又、本項により計算された金額が課税標準となるのは同法二二条によるのであり、更に、本項の計算の具体的内容は他の計算規定によるのであり、このように所得税法二七条第二項は、他の条の補足を得てはじめて具体的意味を得るのであつて、所得税法上重要な規定であるが、それ一つだけではあまり意味のない規定である。

又、所得税の課税標準を規定するのは二二条であるが、措置法二五条の二は、所得税法二二条以下についての特則を定める旨を規定しているので、措置法二五条の二を選択した者の所得税の課税標準は、措置法二五条の二が定めるものによることとなるのである。〈中略〉

原判決は「右は(措置法二五条の二)……事業所得の金額について……対法人に準ずる方式で課税するための、いわば税額算定の特則を定めたにすぎず、事業所得の計算に関する規定でない」(原判決一二枚目六行目から十行目)と決めつけて、措置法二五条の二に事業所得の計算に関する規定の存在を否定した。

この計算規定の存否の件は地方税法に関連しているが、直接に所得税法・措置法に関するもので、原判決も所得税法・措置法についての判断として理由の記述を行つているので原判決の右に引用した部分の「事業所得」の語は、所得税法上の用語に従うこととする。

措置法二五条の二を選択した場合と然らざる場合とでは税額に異なる結果となることが殆んどであろうと思われるので、その意味で、同条は税額算定の特則である。但し、原判決のいうような計算規定の存在を否定する意味ではない。逆に、税額算定の特則であるが故に計算規定が存在するのである。所得税法・措置法には多数の条で計算規定が存在しているが、その多くは一般規定に対する特則であるが、特則は計算についての特則であつても結果として税額に変更をもたらすので、計算に関する特則であつても、併せて税額算定の特則でもあるのが一般である。即ち、税額算定の特則であることをもつて計算規定の存在を否定するような論理は、一般に存在しない。

所得税法では、税額の算定は必ず課税標準に税率を適用する方式で規定されている。課税標準・税率の過程を経ないで、直接に、税額を定めるような特則は現行法には存在しない。何故ならば、それは憲法八四条の内容である課税要件明確の要請に従うものであるからである。このように結果としての税額に影響するとしても、その形式は、課税標準又は税率についての特則である。措置法二五条の二も同じであり、同条は税率についての特則でもあるが、その税率を適用する課税標準についても、一般法である所得税法と異る定めをしており、従つて、課税標準についても特則である。

措置法二五条の二は、事業所得(所得税法二七条第一項)を生ずべき事業を営む者が選択出来るのであつて、選択した者の事業所得の金額(措置法二五条の二を選択しない者の事業所得の金額は課税標準となる所得金額であるが、(-所得税法二二条-、)措置法二五条の二を選択した者には事業所得の金額はまだ課税標準となるまでに至つていない金額である-所得税法二二条、措置法二五条の二-)から、経済的性質が給与である事業主報酬を控除することを主な内容とするのであるから、所得税法二七条第一項の事業所得とされる所得に属する事項について規定した法律であり、且つ、その内の事業所得の金額から事業主報酬を控除する計算は、税率を適用する所得金額を算定するための計算であるから、課税標準である所得算定のための計算規定である。従つて、地方税法七二条の一七第一項の「所得税の課税標準である所得」に適用されること、事業所得に関するものであること、計算規定であること、の要件を全て満しているので、事業税の課税標準となる所得計算上必ず準用されなければならない法律である(措置法二五条の二は、事業所得と不動産所得とを併せてみなし法人所得額を算出することとしているがこれは両所得分野を一つの枠で計算しようとするだけで、異る新しい所得分野を創出するものではない。)

仮に、措置法二五条の二に、原判決のとおり計算規定が存在しないとしたならば、同法同条は所得税法の事業所得の課税標準についての特別法でないこととなる。又、税率は、それを適用する課税標準と結びついて意味効力を有するので、課税標準が特別法でないときは税率も同じく特別法でないこととなるので、結局、措置法二五条の二と所得税法とは特別法・一般法でないこととなつてしまう。その結果、措置法二五条の二を選択した者について、所得税法は事業所得に関する部分もその効力を停止しないので、事業所得の金額を課税標準とする税額と、措置法二五条の二で算定される税額とを併せて納税義務を課せられることとなる。

若し、このまま原判決のとおりとなつたならば、措置法二五条の二は死法と化すか又は二重課税の非難がわき上るかのいずれかと思われる。

以上いづれの点よりするも原判決は違法であり、破棄されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例